9. 緑葉に透き通った雫が煌めいている。 瑞々しい光と色に手を伸ばしかけ、実治はすっと引いた。 美しく整えられた庭。庭園は一つの宇宙を形作っているというが、生憎そのようなものを解する心は生まれ持たない。実治にあるのは美しい女を愛でる感性だけで、本人はそれで十分だと思っている。小難しい哲学や詫び寂びなどくそくらえだ。 ただ例によって庭園にこだわりを持っていた歴代城主は、城内になかなかの庭を造らせ、管理していた。石庭あり、池あり、苔むした飛び石や獅子嚇しや松の木。 実治にとっては、ここは『庭』だった。子供の頃よく遊んだ庭。 目を眇める。昔ここで。 胸中に思い浮かぶ光景がある。 父に連れられ訪れた城。遊び盛りで退屈をしていた実治は、よくこの庭を探索したものだ。 『鞠が取れないの』 ふと、鼓膜の奥に声が蘇った。途方に暮れた、弱々しい声音。 木の前に佇み、ただ見上げていた少女。 突然植え込みから現われた実治に怯えながら、木の上を指差し、「取れないの」と泣きそうな顔をしていた。 それを取ってやろうと思ったのは単なる気まぐれだった。鞠は無事に下へ落とせたが、満面に笑みを浮かべ鞠を大切そうに抱えた少女は、木から下りてきた実治を見るなりみるみる眉を八の字にした。何だ、喜んでいたのじゃないのかといささかムッと仏頂面で睨み返すと、ますます哀しそうに顔を歪めた。「服が……」という呟きでようやく衣が破れていることに気づいたのだ。木の枝に引っ掛けたのだろう、大したことではないと思う実治を余所に、少女はまるで大ごとであるかのように落ち着かず、己のだろう針箱を持ってくるとその場で繕った。ところがまだ五つほどの子供の手。おまけに生来不器用なのだろう、出来上がりは相当不格好なもので、少女は半泣き状態だった。 懐かしい記憶を思い出したものだ、と実治は鼻で笑った。 庭師に手入れさせるのを怠っているのだろう。茂りすぎた植え込みの枝葉を手で払う。 植え込みの向こうに見える廂。あそこで、実治は少女に初めて会った。あの時の木も残っている。 今障子はピッタリと閉じられており、内は見えない。 くしゃくしゃの顔で必死に実治の袖を縫った少女は、今あの内にいる。 実治はどこか険しく双眸を眇め、それから煩わしげに踵を返した。 |