8.まじないの代償は 少年の首筋に手刀を下ろしながら、妙だと雷蔵は思った。 こうして操られている村の若衆を相手取っているのを、あやめは余裕の素振りで観戦している。見たところ先ほど折り壊した祭壇の柱は修復されたようだが、この隙にと魘魅を再開する気配がない。 更にこのように村人達を仕掛けてきてはいても、己は一向に手を出そうとしない。雷蔵ならば徒人がどれほど集まったところで敵ではないし、さして時間もかけずに片付けられる。現に、既に若者達の半数以上が地に伏していた。たとえ力を制限しているとはいえ、全員を倒すのにそう手間は掛からない。 もし本当に目障りな敵を排除したければ、この隙にあやめ自身が術を掛けてくる方がよほど効果的である。が、それもない。 (何かを狙っている―――?) 何やら厭な予感がする。次々と掛かり来る人間達から身を防ぎながら、雷蔵は瞳を細めた。 ぎこちない動きで右から踊り出た男を、一瞥することなく叩き伏せつつ、一歩後ろへ退く。違和感の正体を掴もうと、一旦手を止めた。 村人達が手の得物を放り投げたのはその時だった。 「―――?」 何だと思えば、丸腰になった村人は雷蔵へ向かって一斉に飛びかかり体当たりをしてきた。 予想外の行動に、思わず背後へたたらを踏む。 異様な感覚が足元から頭頂へ突き抜けたのは、まさにその時だった。 同時に、御子の面立ちが変貌する。 「掛かりおったな」 にやりと笑むその貌を、半ば唖然として雷蔵は見た。 村人達の攻撃を避けている合間に、気がつけば先ほどまで彼らが押し込められていたところまで来ていた。 そして、それまで屏風や几帳などに隠れて見えなかったその場所には――― 破れた蔀戸から、いつのまにか淡い月明かりが差しこみ、黒光りする板張りの床を照らしている。そこに落書きの如くのたくる朱墨。いかにも禍々しい文字と図形の羅列。 巨大な呪の陣。雷蔵は、まさしくその円陣の内側に足を踏み入れている。 「まさか……次の形代は俺だったり?」 いささか引き攣った笑いを浮かべ、雷蔵は言った。 あやめは嫣然と微笑し、 「ご名答じゃ」 「当たってもあんまり嬉しくないなぁ」 しかもどういったことか、結界から出ようにも足が動かない。 半蔀の外に浮かぶ月は、まさに丑の刻の位置。 つまりはめられたというわけだ。 「この度の獲物が最後じゃ。今宵をもって妾の大願は成就する」 だがのう、とあやめは衣擦れの音を立てた。 「よりにもよって最後の獲物が最も厄介でな。かの者を守護するものは手強い。下手をすれば呪い返しでこの身すら危うい。たとえ形代に用いるのが生身の人間とはいえど、凡人を使うては対しきれぬ恐れがある」 「それで、『力を持つ人間』を求めたわけか」 「ほんに、よい時分に格好の獲物が罠にかかったものよ」 あやめは目尻の切れた両眼をうっそりと細めた。 その姿は、とうに人間と呼べるものからかけ離れている。 長い黒髪は風もなくうねり、両眼は賤しく吊り上がり、紅を刷いた唇は耳元まで裂けそこから真っ赤な舌がちろちろと覗いている。 乗り移った妖の本性が表へと顕れ始めているのだ。 人のものでは決してありえぬ、 「ひとつ訊くけど」 「何じゃ?」 「今までのことは、“どちら”がやっていたことだい?」 あやめは長い舌の先で口端を嘗めた。 「どちらでも同じことよ。望んだのはこの女。それを叶えてやったのは“妾”ゆえなぁ」 喉の奥で嗤い、うっとりと酔いしれるように言った。 「愚かな女が権力を欲した。妾はその闇に囁きかけ、器と引き換えに力をかしてやっただけ。心身が融合した今、どちらであるとも言えるし、どちらでないとも言える」 「―――……」 御子はすでに人間ではなかった。あやめという女は妖にすべてを与え、代わりに願望を叶える力を得た。―――心の欲するままに。 「生憎だが無駄話はここまでじゃ。時間がないのでな」 そう言い捨てると、あやめは袴の裾を捌き、祭壇へ向かい直る。 呪詛を始める気か。 それが分かっても、雷蔵の足はぴくりとも動かない。 辛うじて自由な身をもがこうとも、陣形から逃れることはできそうにもない。 そうしてる間にあやめは胸の前で印を結び、呪を唱え始めた。 「もえん不動明王、火炎不動明王、波切不動明王」 「―――!」 ガクン、とにわかに襲った全身がきつく縛められる感触に、雷蔵は顔を顰めた。 「雷蔵!」 異変に気づいた佐介が叫ぶ。そちらへ足を向けるが、しかし行く先を護衛の巨体に阻まれる。 「貴様の相手は俺たちだ、ぜ!」 「チッ!!」 佐介はぎりっと奥歯を噛み、袈裟切りに振り下ろされた棍を避けた。 倒せど倒せど立ち上がってくる巨漢。まるで痛みなど感じてないかのような――― (『痛みを感じてない』?) 佐介はハッとした。 「待てよ、まさか」 自分の脳裏に過ぎったひとつの可能性に、唇を動かす。 佐介の呟きに気付いたのか、男達はにんまりと口端を上げた。 「そうさ」 「俺たちは御子様の呪いで、強力な肉体だけでなく痛みすらも感じない身体を手に入れたのよ」 自慢げに言う用心棒達は、いくらでもかかってこいとばかりに両手の骨を鳴らす。 佐介の表情に、微かな逡巡の色が浮かぶ。 ちらりと一度だけ雷蔵の方を見てから、眦も鋭く電光石火で刀を繰り出した。 その横で、佐介らの戦闘とは別世界の如く平然と行われる術。 「逆しに行うぞ 逆しに行い下せば 向ふわ血花にさかすぞ みじんと破れや 妙婆詞」 一語一語に凝縮される負の念。 それが身体に絡みつき、全身を圧迫する。あまりの重さに思わず膝をついた。 (この呪) 聞き覚えのある単語の羅列を耳に、胸中で小さく漏らす。 「向ふは知るまい こちらは知り取る 向ふは 青血 黒血 赤血 真血を吐け」 あやめは一心不乱に唱える。黒髪を乱し、眉間に皺を寄せ、汗を流して狂ったように唱え続ける。 その姿は鬼気迫り、凄絶であった。 「天竺七段国へ行へば 七ツの石の錠鍵下して」 禍々しい祝詞。忌まれる禁じの言葉達。そこに宿る言霊が現実の世界へと力を働きかける。 圧力が増し、とうとう膝だけでは耐え切れずそこへ伏す。 頭上に渦を巻いて集まりつつある黒い澱。あやめが呪い言葉を吐くたびに少しずつ蓄積されるそれは、集落の中で嫌というほど見たあの雑多な思念によく似ていたが、明らかに異なる。 渦から発される気は、思念などとは比べ物にならない。もっと巨大で、もっと高等な精霊のもの。 「もえ行け 枯れ行け 生霊 狗神 猿神 水官長縄 飛火 変火 その身の胸元 四方ざんざら みじんと乱れや 妙婆詞」 呪に応じるように、呼び寄せられた自然の荒御魂が蠢く。 体内に入り込み精神を支配しようとする気配に、雷蔵は地にうつ伏せながら瞼をじっとと伏せた。 法衣の胸を掴んでいた右手が、ふと離れる。 呪詛に全霊を集中させているあやめには、その手が緩慢ながらある目的を持って動くのに気づかなかった。 「打ち式 返し式 まかだんごく」 唱える調子がどんどん早まる。口調が激しさを増し、術の頂点が近いことを示す。 声が徐々に高まり――― そして一際大きく叫んだ。 「計反国と七ツの地獄へ 打ちおとす!!」 言い終わった途端、祭壇の周りに点っていた炎がふっと一斉に掻き消えた。 そして次の瞬間、ダンッと大音が弾け室の内部を震わせる。 いきなり明かりが消えたことと、まるで巨大な何かが屋敷全体を外から叩き付けたかのごとき破裂音に、なんだぁ?と佐介は瞠目して仰向く。 全力を以って強力な術を終えたあやめは、その場に手をついた。肩で荒く息をしながら、ようよう首を上げる。 月光に浮かぶ顔はもはや完全に妖の様相と変じ生来の美貌の面影すらない。 その人ならざる双眸が映すのは、朱で描いた結界上に倒れ伏す影。 ややしてから、く、くくくと、喉の奥から漏れる笑い声が、室内に流れた。 「終った……」 忍び笑いが哄笑へ変わる。 「呪詛は確実に元本人に放たれた。憎き男よ。三日三晩苦しみぬき、己の罪を悔いるがいいわ」 嬉しくてたまらないといったように、憎怨の籠もった言葉が吐き捨てられる。 それは誰への呪言なのか。 狂ったように、勝ち誇ったように、ただひたすら嗤い続ける。 「これでようやく宿願を」 そう言い差した時。 「いいや」 背後で響いた声に、あやめの背が一瞬で凍りついた。 「ま……」 さか、と呟きかけ。 「臨、前―――先」 びく、とその身体が動かなくなる。 知っている。これは。この呪は。 これは封じの法―――不動縛呪。 あやめはこぼれんばかりに眼球を剥いた。 「そんな、バカな……」 震える喉。唾を飲む音が嫌に大きく響いた。 瞬きしてみれば、円陣の上にあるのは持ち主を忘れたかのような墨衣だけ。 「残念だったね」 「な、ぜ」 自由を奪われた身で、御子は切れ切れに声を絞り出す。 「使い魔は、降りていたはず……!」 「ああ、使い魔ってこれのこと?」 雷蔵は何と言うこともなさげに片手を上げ、あやめの顔の前に翳した。 その手の先には――― 「な―――!」 あやめは慄いた。 そこには通常と比べると一周りもほども大ぶりな、漆黒の狼が尻尾をつかまれぶら下がっていた。いや、ぶら下がっているというよりは、引きずられるように吊り下げられているといった方が正しい。 それがただの狼でないことは、輪郭が陽炎の如く揺らめいているところから知れる。 神にも近しい狼は、鋭い牙を剥き唸りながら、凄絶の形相で自分を掴み上げている者を睨んでいた。 「まさか真神を憑依させようとするとはさすがに思わなかったな。まぁそこらの 半ば呆れた風に嘆息しつつ、雷蔵は肩を竦める。 「な、そん、な……」 言葉がまともに繋がらない。喘鳴するように、喉が忙しく動く。未だかつて降ろそうとした神や使い魔を手で直接鷲掴み捕らえた者など見たことも聞いたこともない。こんな法は知らない。こんな無茶苦茶な。 予想だにしない強引な力技に、呆然となる。 そんな反応を尻目に雷蔵が数言口早に唱えれば、真神は弾けるように消えた。別に消滅したのではなく、あるべきところへ還しただけだ。 「どうやって、妾の術を躱した」 「君が行っていた呪詛、あれは『不動明王生霊返し』だね」 あやめの口元が痙攣し、雷蔵の言葉が正しい事を示す。 「本来は呪詛返しであるべき呪を、本筋捻じ曲げて呪詛に転換させるなんて、よくもまあ考えたものだ」 何せありもしない呪詛をでっちあげ、呪詛返しという偽りの名目で仕掛けるのだから、成功すれば、相手方は同じように一般的な呪詛返しで対抗しようとしても効果がない。通常返された呪詛は問答無用で施主の身に降りかかる。これを避けたくば、更に強い呪詛返しをこさえなければいけない。並みの術師などでは困難を極めるだろう。 けれど雷蔵はごく自然なことの如くそれを口にした。 「だから俺も不動明王に力を請うたってわけ」 「明王を寝返らせたというのか!!」 「人聞き悪いなぁ。本来忿怒をもって悪しモノを調伏するはずの仏教神を魘魅に利用するなんて方が随分罰当たりだけど。でもちゃんと正しい道を示して、あるべき役割に沿って請い奉れば、不動明王がどちらを味方するかなんて自明の理だろ?」 動きを封じられたまま、あやめは唯一自由になる顔面の筋肉を信じられないといわんばかりに歪めた。 だがすぐさま何かを思いついたように緩めると、 「まだ終ってはおらぬ……妾に手を出せば、お前の知己が危うい目に遭うぞ」 ふふ、と唇を歪める。 「常人の身では我が僕らに適わぬ。妾の命ひとつでその生命を……」 「それって、こいつらのことか?」 呪によって強化された男達と戦っていたはずの佐介が、不意に飄々と声を上げた。 所々傷を負ったその足の下に踏みつけられているのものに、いよいよあやめの形相が愕然とする。 「なんだと!?」 二人の巨漢は、いつのまにやら全身から血を吹流し床に這いつくばっていた。筋肉隆々たる身体の至る所に無数の裂傷が走り、赤黒い筋がいくつも流れ落ちている。 その上に片足を乗っけ何食わぬで腕を組む佐介に、あやめは信じがたいものでも見るように凝視した。 「息巻いてた割に、口ほどのものでもなかったな。この程度の野郎、織田の精鋭に囲まれたときに比べりゃなんてこともねぇ」 「馬鹿な、呪で人の数倍も強くなった者どもだぞ! 痛みも疲れも感じず、誰よりも最高の―――」 「ばーか」 佐介は鼻を鳴らしながら顎を反らした。 「どんな強かろうとな、人間なら痛みも疲れもない奴はいねぇんだよ。感じないってェことは、気づかないってェことだ。苦痛も疲労も身体が休息を欲する声だってのに、それを無視して無茶すりゃやがて器の方が耐え切れなくなる。種子島だって筒口を封じたまま引き金を引けば暴発する。肉体と精神が一致してねェ矛盾状態で動き続ければ、待ってるのは自滅だけだ」 そう言って倒れている巨体をひと蹴りした。 雷蔵はその様子を見てふ、と微笑し、それからあやめを見下ろした。 「君の術はなかなか強力だっただけど、同時にかなり大雑把だった。俺に不動金縛りを掛けたのが足だけだったのは失敗だったね。手と声さえ自由なら呪詛を破る方法などいくらでもある。まぁ尤も―――」 瞼を半ばまで伏せ、 「全身の動きを封じられていたとしても、形代に俺を選んだ時点で君の運命は決まっていた」 「ど、どういうこと、じゃ」 「それは、あちらでゆっくりと考えればいい」 『あちら』という単語に、あやめの表情が目に見えて引き攣った。 「ま、待て」 動かぬ首を、懸命に背後へ向けようとする。 「待て―――待って」 急に変わった口調に、雷蔵はふと眉宇を寄せた。 「あ?」 隣に近づいてきた佐介が素頓狂な声を上げた。 見やれば、御子の顔は妖のものから元の美しい女のものへと戻っている。 なんだこりゃ―――という呟きを尻目に、あやめは声に悲哀さを滲ませ、背後に立つ青年へと必死に乞うた。 「私じゃない……私じゃないのよ。私は別にこんなこと望んでなかった。ただ声がして…気付いたらこんなことになってたのよ。ねぇ、あなたも分かってるんでしょう? すべて悪いのは、私の中にいる化け物。そうでしょ?」 それは『あやめ』だった。 妖狐でも、融合した魂でもなく。 まぎれもなく元来の『あやめ』という女のもの。 だが、それが助かりたい一心で言い逃れようとする『あやめ』の心と、それを隠れ蓑に生き延びんとする『妖狐』の企みが言わせていることであることも、雷蔵は気付いていた。 「助けて……私は悪くないのよ。ねぇ、お願い。こいつは私の心の弱いところをついて入ってきたのよ。どうか憐れな私をどうか救って」 「でも君は自分自身で招き入れたと言った」 「あ、あれは……無理矢理言わせられたのよ。そうよ、私の意志じゃないわ!」 一旦動揺に震わせた目元口を泣き笑いのように歪ませ、言い募る。 その顔は、美しい見てくれに反して、非常に醜くかった。 「ね、ねぇ」 「一度犯してしまった事を無くすことはできない」 感情も何も感じさせない淡白な声音で、雷蔵は言った。 あやめの笑顔が固まる。 「すべては己自身が招いた事態だ。たとえそれが心の闇に付け込まれただけだとしても、すべての悪行が君ではなく妖の仕業であったとしても」 「誰だって心の闇はあるでしょう!? 野心や望みだってあるじゃない!! 私だけじゃないわ!」 「確かに誰にだって闇や邪心はある。でも―――」 静かに目を閉じる。 「魔を呼び込むのは自分自身だ。本当に心から拒めば、彼らは手を出せない。君は拒むことができたはずだった。でもそれをしなかったのは、その力を君自身が望んだから」 「力を望んじゃいけないというの!? この乱れた世で力を求めて何が悪いのよ!! 力を求めるのが悪いって言うのなら、戦をして伸し上がろうとしてる男どものほうがよっぽど罪深いじゃない!」 あやめは白目を血走らせながら、凄まじい剣幕でまくし立てる。内容が先ほどと矛盾し、支離滅裂になっていることにも気付かない。 「別に力を求めるのは悪くはないよ。ただそれを使う『道』の問題だ。外法に手を染め、陰陽の則を歪めた。我欲のために、他人の未来を奪った。その罪業は大きい」 雷蔵からやや離れて立つ佐介は、ただ黙ってじっと聞いていた。 雷蔵の言った言葉。それは、あやめにだけに言えることではない。 あやめが言うように、確かにこの下克上の風潮の中、武将達は力を得んとして、戦国の覇を獲らんとして、戦を繰りかえし他者を退け弱者を駆逐する。己の明日を掴まんがために、多くの者の明日を奪う。その彼らにも、同等のことが言える。 己が願望を通したいが一心で、他人を平気で犠牲にした村人達も。 そして忍びもまた。 「どんなに君が自分の意志ではなかったと言っても、相応の責任は取らなければならない」 そんな、とあやめは唇を戦慄かせる。 「人を呪わば穴二つ。何かを求めるときは同等の代償を覚悟しなければならない。心の弱さは免罪符にはならない。己のすべてに責任を負わなければならない―――決して温情や情状酌量で捻じ曲げてはならない。それが、森羅万象の理に手を出す報いだ。俺には本来裁く権限はないけれど、委託された以上はそれなりのやり方をもって始末をつけさせてもらう」 雷蔵は瞑目したまま、静かに両の掌を合わせた。 その意図するところを察し、あやめは恐怖に引き攣った声色で叫んだ。 「や、やめろ!!」 それはどちらのあやめの声だったのか。 だが悲痛な制止も虚しく、雷蔵は粛然と祈りを唱え始める。 「…ちりぢん熄滅 ちりんやそはか ちりぢんそはか」 「きゃぁあぁああああああああ―――――!!!」 耳をつんざく鋭い叫びが室内をびりびりと揺らした。 それはあやめ自身の声帯から発せられるものだけでなく、あやめの中にいるモノの悲鳴をも含む。 断末魔にも等しいあまりの絶叫に、佐介は思わず眉根を強く寄せ顔を顰めた。 「ちりちりそはか ちらちらそはかと打って放す」 ザァッと風が吹く。 御簾を裂き、几帳を倒し、室の中に刃のごとき一陣の風が吹き荒れる。 呪詛を返せば、相手に送った呪詛の分だけ、倍の苦しみが己の身へ返ってくる。 その言霊が紡がれるごとにこの世ならざる地より吹く『 「元本人その身の魔道、魂、魂魄、微塵に打って返す」 「ひィッ」 あやめは想像を絶する激痛と苦しさに喉を抑えて床をのた打ち回った。床を引っかき、それでも足らず自らに爪を立て、裂けた柔肌から血が滴った。だが間をおかず、新たな緋色が生まれる。悲鳴は止まず、傷つける風も止まらず。 「万人五性の者がまだも深くに外法おろせば 一くに掛けて二くに戻す 三くに掛けて四くに戻す 五くに掛けて六道返しに打って返す」 高くも低くも、激しくも弱くもなく唱えられる祝詞は、あやめのそれに比べ清らかに、凛然と響いた。 すべてを祓い浄め、断罪する神句。 情けも憐みも償いも、すべて大いなるものに任せる厳然たる裁きの術。 そして雷蔵は最後の句を口にした。 「元本人身体へ微塵熄滅と打ち詰める―――」 |