7.過ぎ去りしは遥遥、夭夭たり花香



 惣之助は相変わらず日がな梅を見続ける生活を送っている。何をするでもない。ただ座って眺めているだけである。下手をすれば寝食を忘れて見入っているその姿は、仏像に面して悟りの道を探る僧にも、あるいは神像に祈って罪の許しを請う伴天連にも比類する切実さを感じた。

(これは結界だな)

 雷蔵は縁側から、赤く鮮やかに色づいた梅を見上げた。
 否。結界というには弱々しい。けれど強い意志を感じる。守りたいという一途な心。
 この梅がここまで香ることは一度としてなかったと、屋敷の人間はみな首をかしげている。雷蔵たちが来て以来だ。あんたの爺さんは花咲か爺さんか、と揶揄交じりに訊いてきた者もいた。

「不思議な気持ちなんだ」

 不意に、ポツリと惣之助が零した。雷蔵は軽く一瞥し、再び梅へと目線を戻しながらそこへ腰掛ける。

「ここにいると、何か思い出せそうな気がする」

 でも、と続ける。

「同時に何かを失いそうな気もする」

 ―――謡い方を忘れてしまったんだ―――
 途方に暮れたような声音は、出会った時のそれと重なった。

「何を?」
「分からない」

 言ってから、惣之助は苦笑交じりに首を振った。

「いや、分かりたくないだけ……か。本当は気づいているんだ」

 それから背筋を伸ばして梅を見上げる。

「長い話になる。聞いてくれるかい?」

 まるで梅に問いかけているようだった。雷蔵は声なく、ただ側に座った。
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