8.果てしなき路



 洞窟はかなり奥まで続いていた。延々と果ての見えぬ円筒。等間隔で点される篝火。よくよく目を凝らせば、そこここに人為的に整備された跡がある。

「随分と長いね」
「ああ。だがわりと新しい坑道だなこりゃ」

 ここ一年といったところかな、と美吉が壁を撫でながら言う。その声が、ひそやかに岩面に木霊した。

「何が出てる?」

 雷蔵の問いかけに、美吉は壁から離した手で片耳を押さえるようにしながらどこかを仰ぎ、

「鉄だな。金はあんま出てない」

 しかも、と面白そうに声を落とした。

「さっきから『(かね)鳴り』と炎の気配がするんだこれが」
「製鉄用ってことか」
「それもとびきりキナ臭い、な」

 つまり何かしら生活的とは言いがたい鉄製品をつくっているというわけか。
 生産を生まない鉄―――すなわち、人の生を奪う凶器。
 炎は灯っているのに、どこかひんやりとした印象の岩。雷蔵の前では沈黙を守る彼らも、美吉にはその囁きが聞こえているようだ。

「また分かれ道だ」

 明かりの先には、三方向に枝分かれした道が照らし出されている。
 二人はどちらからともなく立ち止まり、各々で道を見比べる。

「……こっちの方だな」

 美吉が一番右端を差し、雷蔵も肯きひとつで応じる。
 岐路はこれが初めてではない。すでにこの前にも何度か分かれ道を通り過ぎている。
 念のため選ぶごとに目印をつけてきているが、それでも迷いかねないほどにこの坑道は入り組んでいる。まさに巨大な迷路だ。

「来た道覚えてるか?」

 気まぐれに何気なく美吉は訊いてみる。

「大体はね」

 なびきはどこまで連れて行かれたのだろう、と考えながら、雷蔵はおざなりに答える。
 別に二人は何の当てもなく進んでいるわけではない。分岐点に差し掛かれば、慎重に道を調べ、一番新しい、人の通った跡を追ってきていた。だからそういう意味でも帰りの道を見失うことはない。ただしそんな余裕があればの話だが。
 たからか美吉はその答えが不満なようだった。

「大体ってな……随分曖昧じゃね?」
「さすがに富士の樹海とまでとはいかないまでも、ここは俺にとっては土と金の力が強すぎて勘が鈍るんだよ。ただでさえ地中では俺の〈秘伝〉の力は弱くなる。だから君が頼りってこと」
「っていってもなぁ」

 そろそろ道順を覚えるのも億劫になってきた。
 がしがしとめんどくさそうに頭を掻く美吉に、雷蔵は正面を向いたまま言った。

「それで肝心の“あれ”の場所は分かってんの?」
「そりゃまぁ……な」

 美吉は歯切れ悪く答える。

「それがさ、どうにもこうにも例の〈寺院〉の中みたいなんだ」

 美吉の話だと、地上で色々探ってた結果どうやら〈寺院〉からその気配は感じるのだが、“呼んで”も何らかの力に阻まれて叶わないらしい。それが寺院自体の持つ結界的な呪力なのか、それとも特定の一個人によるものなのかは皆目謎だということだが。
 だが雷蔵はそれだけ確認が取れれば充分だった。

「この坑道―――俺の想像だけど、もしかしたらあの〈寺院〉の下にまで続いているんじゃないかな」
「あ」

 その言葉に、美吉がぽん、と手を打つ。確かに言われてみればこの広さだ。しかも位置的に考えてもその可能性は低くない。いや、むしろその方が色んな意味で自然だ。

「てーことは、上手くいきゃあ“あれ”も」
「謎も探れて一石二鳥」
「そいつはどうだろうな」

 いささかげんなりしだした美吉を小突きながら促す。

「ここからじゃ分からない?」
「んー、往々にして産鉄に関わる地は独特の気を放ってるからな。はっきりとは言いがたいが、大体の所在地は掴めると思うよ」

 産鉄の地は五行の中でも特に金の気が強いため、それに邪魔されてほかの気は感知しにくいのだと説明する美吉に、雷蔵は唸るしかない。何をおいても金気というのは厄介なのだ。他の四つの気を掻き消してしまう。
 二人して上を仰ぎながら、両腕を組む。

「まあ、その場に近づけばより分かるとは思うが」
「それじゃまぁ、とりあえず先に進むしかないね」

 そう言って歩を速めた。
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